大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(行ツ)141号 判決

上告人

株式会社

松田商会

右代表者

松田栄夫

右訴訟代理人

弘中惇一郎

篠原由宏

被上告人

右代表者法務大臣

住栄作

右指定代理人

藤井俊彦

外一二名

主文

原判決を破棄する。

本件を東京地方裁判所に移送する。

理由

上告代理人弘中惇一郎、同篠原由宏の上告理由について

上告人の本訴請求は、本件土地上に建物を建築することが不可能とされたことにより上告人において右土地の所有権の行使ができなくなつたことを理由として、憲法二九条三項の規定に基づき右損失に対する正当な補償を請求するというにあるところ、右請求は、松田栄夫が本件土地上に建物を建築することについての許可申請に対して静岡県知事がした不許可処分を不服として提起した右処分の取消しの訴えとは、本件土地上における建物建築の可能性という問題に関して共通する点を有するにとどまり、右取消請求に対し行政事件訴訟法一三条に掲げる関連請求のいずれにも該当するものとは認められないから、本訴請求を右取消訴訟に追加して併合提起することが許されないことは明らかであり、これを不適法とした原審の判断は、その結論において正当である。しかしながら、原審は、本訴請求の追加的併合が不適法であることから直ちに本訴を不適法として却下すべきものとしているが、取消訴訟と併合提起された別の請求に係る訴えが右併合の要件を満たさないため不適法な併合の訴えとされる場合においては、後者の請求の併合が取消請求と同一の訴訟手続内で審判されることを前提とし、専らかかる併合審判を受けることを目的としてされたものと認められるものでない限り、受訴裁判所としては、直ちに右併合された請求に係る訴えを不適法として却下することなく、これを取消請求と分離したうえ、自ら審判するか、又は事件がその管轄に属さないときはこれを管轄裁判所に移送する措置をとるのが相当というべきである。本件においては右の例外の事情の存在は認められないから(本訴請求は前記取消請求に対する予備的請求にあたるとは解されない。)、原審のとつた本件措置は不当といわざるをえない。したがつて、原判決は破棄を免れず、本件は管轄裁判所である東京地方裁判所に移送すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三〇条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎)

上告代理人弘中惇一郎、同篠原由宏の上告理由

第一点 理由不備並びに法令の解釈適用の誤まり

(一) 訴状請求原因第七項に明記しているとおり、原告は本訴を「行政事件訴訟法第一八条及び第一九条第一項により」提起したものである。

ここで第一八条とは、第三者において訴訟の当事者の一方を被告として関連請求に係る訴えを併合提起できる旨の規定であり、また第一九条第一項とは、原告において関連請求に係る訴えを併合提起できる旨の規定である。

右一九条一項の趣旨は、被告以外の第三者に対する追加的併合を認めるものである。

ここで従来の原告をX、従来の被告をYとし、一八条によりYに対し関連請求をなし得る第三者をA、一九条一項によりXが関連請求をなし得る第三者をBとすれば、関連請求の場合、AからYに対しても、XからBに対しても訴訟の追加的併合が可能ということである。

それではさらにAからBに対する請求をXのYに対する訴訟に追加的併合することは可能であろうか。これを一概に否定する理由はないと思われる。特に(一)AがYに対して追加的併合をなし得る場合、及び(二)AのBに対する請求とXのYに対する請求が密接に関連している場合等にはこれを肯定的に解するべきである。まず(一)についてであるが、AがYに対して追加的併合をなし得る場合には、AはYに対して追加的併合をして訴訟の原告の立場に立ち、しかるのちに原告としてBに対し関連請求を提起できるはずである。そうであるなら、関連請求でありかつY及びBの同意があれば、AのYに対する請求を省略してAのBに対する請求を直接追加併合することを認めても何の問題もないはずである。

つぎに(二)についてであるが、AのBに対する請求とXのYに対する請求が密接に関連している場合には、AがYに対して請求権を有するかを問わず、直接追加的併合が認められるべきと考える。

そもそも行政事件訴訟法一九条一項のような規定が設けられたのは、「関連請求の関係にある請求を追加併合して一挙に問題を解決すべく、それを審理の対象とすることを認め、それによつて審理の重複を省き、かつ判決の矛盾牴触を避けようとする趣旨で規定されたものである」と言われている(南博方編、注釈行政事件訴訟法一八六ページ)。

行政訴訟とは行政庁の公権力行使に対する国民の側からの事後的救済を求める手続である。また一個の行政処分の行使や効果の帰属について複数の行政機関・行政庁が関与することが少くない。行政事件において、民事訴訟の原則を崩し、被告の追加的併合を認めるのも国民の救済及び問題の一挙的解決という側面を重視することの結果である。従つてAのBに対する請求とXのYに対する請求がきわめて密接に関連し、併合して審理するのにふさわしいような場合には、行政事件訴訟法第一八条及び第一九条一項の規定を拡大解釈して追加的併合を認めるべきである。

(二) ところで本件において、Aに該る原告株式会社松田商会は本件土地の所有者であり、原処分の実質的な名宛人である。従つて原告は行政事件訴訟法第一八条により静岡県知事に対し処分の無効確認等の訴を提起しうる立場にあるものである。このような場合、原告が直接第三者(本件の場合は国)に対して追加併合をなし得ると解すべきものであることは前述のとおりである。

また松田栄夫の静岡県知事に対する請求は本件土地上の工作物設置不許可の取消を求めるものであり、原告の被告に対する請求は右の不許可処分が有効とされ、その結果本件土地上に一切の建物の設置が認められないというのであれば、原告は被告に対して補償金の支払請求権を有することになるというものであつて、双方の請求がきわめて密接に関連していることは明らかである。

(三) このような場合、行政事件訴訟法一八条及び第一九条一項により、松田栄夫の静岡県知事に対する請求に併合して、原告の被告に対する追加的併合が認められると解すべきことは前述のとおりである。

ところで原審判決は、単に「本件訴えは、右取消訴訟とは被告のみならず原告そのものをも異にするものであるから、右取消訴訟の被告たる静岡県知事の同意の有無を論ずるまでもなく、行訴法一九条所定の追加的併合の客観的要件そのものを具備しないというべき」として、原告の主張を斥けた。これは第一に、原告が請求の根拠とする行訴法一八条についての判断を全く遺脱するという誤りを犯し、第二に行訴法一八条並に一九条一項についての解釈適用を誤まつたものというべきである。なお、この解釈適用の誤まりが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

以上のとおりであるから原審判決は理由不備(判断遺脱)ならびに判決に影響を及ぼすべき法令の解釈適用を誤まつたものとして、いずれにしても破棄を免れない。

第二点 法令の解釈・適用の誤まり

原審判決は、本訴請求を取消訴訟の請求が認容されないことを条件とする条件付申立てとしたうえで、「本訴請求は、前叙のごとくさきに係属せる取消訴訟への追加的併合の要件を欠き、予備的請求として、取消請求と同一の手続により審理・判断されることを許されないものであるから、それ自体不適法な訴えといわざるを得ない」と述べている。

ところで、そもそも控訴審において処分取消訴訟に関連請求を追加併合できない場合には、その関連請求が独立の訴の要件を備え、かつ当事者の申立があればこれを管轄第一審裁判所に移送すべきものである(福岡高裁昭和四八年三月一三日判例タイムズ二九七号二五九ページ)。

この場合、訴の要件を備えているか否かは当該関連請求についてのみ問題となる。

ところで本訴の請求の趣旨は、「被告は原告に対し金五、五六一万四、〇〇〇円を支払え」というものであり、条件付申立てでないことは明白である。また本訴の請求原因は、静岡県知事のなした原処分の趣旨は、本件土地上に一切の建物の建築を認めないというものにほかならず従つて、この結果原告は本件土地の私権の行使を完全に奪われたに等しいから損失補償請求権が発生しているというものである。この主張は、原処分に瑕疵があり、従つて取り消されるべきであるという取消請求における主張とは論理的に矛盾するものであるが、主張自体としては完結したものであり請求原因としての要件を備えたものである。

本訴請求がその他の独立の訴の要件を具備していることも明らかである。右のとおり本訴請求と取消請求との請求原因事実は相矛盾するから、仮に本訴請求が取消訴訟に併合されればこれを予備的請求と解すべきであろう。しかし、併合もされていない段階では予備的請求を云々する余地はない。「主観的予備的併合に間違われやすいのは実体上主観的択一関係にある両請求を共同訴訟の各人に対し無条件の請求として単純に併合している場合である。この場合は通常共同訴訟として提起されており、もちろん適法である」(菊井・村松民事訴訟法Ⅰ三一八P)と指摘されているが、原審はこの初歩的誤まりを犯したものである。むしろ各被告に対し論理上矛盾し、両立を許さない訴訟を別訴の形で提起できることこそが敢えて主観的予備的併合を認める必要のない理由として説かれてさえしているのである(「実例法学全集、民事訴訟法上巻」六七ページ)。

すなわち本訴請求が、内容的に取消請求と相矛盾し両立し得ない関係に立つとしても、これを独立の訴訟として許容し得ることは当然なのである。

以上のとおり原審判決は行政事件訴訟法第一八条、第一九条一項、第一六条及び民事訴訟法第五九条、第二二四条及び第三〇条の解釈適用を誤まりこの結果本訴請求を移送することもなく却下したものであるから、破棄を免れない。

第三点 訴訟指揮権の濫用ないし審理不尽

本訴請求は、当初松田栄夫(=取消訴訟の原告)並びに原告の静岡県知事(=取消訴訟の被告)に対する教示義務確認請求並びに原告の被告に対する補償義務確認請求とを併合する形で提起されたものである。

これに対して被告の答弁は行訴法一八条、一九条一項、一六条二項にいう訴の追加的併合の要件である同意をしないということに尽きるものであつた(昭和五四年九月二〇日付被告準備書面参照)。そこで原告が口頭弁論において被告に対しこれを撤回して同意してくれるよう再三求めた結果、原審裁判所において教示義務確認は不要であり金銭的補償請求にしぼり金額も特定したらどうかとの釈明要求が行われた。そこで原告としてはそのようにして争点を明確にすれば裁判所においても被告に対し併合への同意を勧告してくれるものと考え、これを受けて昭和五四年一一月一三日付準備書面において請求の趣旨を変更し「右土地上に一切の建物(居宅)の建築が認められないときは、被告国は原告に対し金五、五六一万四、〇〇〇円を支払え」としたものである。しかし裁判所においてさらに「条件付申立てでなく単純な金額請求にすべきである」との釈明要求が行われたためこれに従い、原告は昭和五五年一月二九日付準備書面において再度請求の趣旨を変更して「被告は原告に対し金五、五六一万四、〇〇〇円を支払え」としたものである。しかるに原審裁判所はこれ以上何らの求釈明をすることもなく、また被告に対し同意の勧告をすることもなく、突如結審して本判決に至つたものである。

本件における松田栄夫と原告松田商会との関係並に本件事案の性格からして別箇の構成(例、松田栄夫の国に対する補償請求、原告松田商会の静岡県知事に対する処分無効確認請求)も充分可能だつたのであるが、本訴においては裁判所が訴訟指揮権の行使により右のような形に誘引し、裁判所における被告に対する同意の勧告を期待していた原告がこれに従つたというのが実状である。

そもそも原審裁判所が判決で問題にしているようなことは、法廷においてまつたく問題にされなかつたのであり、従つて原告被告の双方の準備書面でも何の主張もなされていないのである。また原審裁判所においてそのことを問題にするのであれば、原告として充分訴の変更なり主張の明確化の余地があつたものである。しかるに裁判所はその点について何ら適切な訴訟指揮権の行使を行うことなく、原告が裁判所の釈明要求に応じてとりあえず請求の趣旨・原因の整理を行つていた段階であるにもかかわらず、突如口頭弁論を打ち切り結審したものである。

さらに前述した行訴法一八条、一九条の規定の趣旨からして特段の理由のない限り行政庁としては同意をなすべきであるにもかかわらず被告らは何等の理由を示すことなく同意をすることを拒否しつづけた。このような場合裁判所とすれば当然訴訟指揮権を行使して同意を勧告すべきであるにもかかわらず、原審裁判所は不当にこれを怠つた。

以上の経過に照すならば、原審裁判所は以上の点において訴訟指揮権の濫用ないし釈明権不行使による審理不尽の誤りを犯したものであり、これが判決に影響を及ぼすものであること明らかである

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